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第5話 極上の人生、第一歩

last update Data de publicação: 2026-06-16 09:29:44

 その困ったような笑顔。前世で私の心をいとも簡単に溶かしたあの顔。

 不思議だった。あれほど焦がれた表情を前にしているのに、私の心は凍った湖のように静かだった。

 手を伸ばして彼に武藤を紹介し、二言三言の助言を与えれば、彼はすぐに息を吹き返す。そしてまた、あの幸福で——その実、破滅へと続く十年が始まるのだ。

 私はゆっくりと微笑んだ。

 前世の私なら、ここで罪悪感に押し潰されていただろう。困っている人を見捨てる冷たい女だと、自分を責めたはずだ。けれど私を無情に切り捨てた男のために、これ以上、自分の優しさを安売りするのは——終わりにする。

「ごめんなさい。人違いだと思いますわ」

「えっ……」

「私、あなたのことを存じ上げません。力をお貸しする義理もございませんの」

 突き放すようにそう言って、私は彼から視線を外した。

 陽太の顔から、貼りつけた笑みが剥がれ落ちた。助けを乞うた相手に、にべもなくあしらわれた屈辱。そして隠しきれない苛立ちが滲み浮かぶ。彼は苦渋の顔で言った。

「……失礼しました。白峰ホールディングスのお嬢様ともなれば、僕のような人間の挨拶など、耳に入れる価値もないということですか。噂通りの、お高くとまったお方だ」

 この男は最初からこうだったのだ。強い女も、賢い女も、彼にとっては「かわいげのない女」でしかない。私が十年をかけて、命を削って思い知らされたことを、彼は出会ってわずか一分で証明してくれた。

 彼は自分より高い場所にいる女を認めたくないだけ。認めてしまえば自分の小ささを直視しなければならなくなるから。

 ——この男に、二度と私の知識を与えはしない。

 彼を無視して踵を返した。陽太に背を向け、まっすぐに——武藤征一郎のもとへ歩き出す。

「武藤会長」

 突然声をかけられ、彼が訝しげに眉を寄せた。「……どなたかな」

「白峰結月と申します。白峰ホールディングスの娘です」

 名乗ると武藤の目に、わずかな興味が灯った。白峰の名は、かろうじて財界に通用する。だが、彼が本当に身を乗り出したのは、その次の私の一言だった。

「会長が今、最も頭を悩ませていらっしゃるのは、半導体材料事業への参入の是非——違いますか?」

 武藤の眉がぴくりと跳ねた。

 それは、まだ世間どころか、社内のごく一部にしか知られていないはずの、グループの極秘案件だったはず。前世の記憶が、正確にその答えを告げている。

「結論から申し上げます。参入なさるべきです。ただし、量産技術ではなく材料に絞ってください。三年以内に、世界の供給網が一度断絶します。そのとき材料を握る者が、すべてを制する。——会長なら、もう、お気づきのはずですわ」

「……なぜ、君がそれを知っている」

 武藤の声が、低くなった。試すような、それでいて確かな熱を帯びた声。

 私はただ静かに微笑み返しただけだった。答える必要はない。彼の目がもう信じ始めているのが、はっきりと分かったから。

 会場の喧騒が、すっと遠のいた。

「興味を持っていただいて光栄ですわ。あちらでお話しましょう」

 武藤会長の隣に並び、会場の注目の的となりながら、私は小さく唇を押し上げた。 唖然とこちらを見上げる陽太。その顔が悔しさと焦燥に染まっていくのを見るのは、酷く愉快だった。

(――見ていなさい、一条陽太)

 前世で私から奪ったすべてを、今度は私が、あなたの目の前で手に入れてみせる。

 もう二度と、愛なんて甘い幻想に溺れたりしない。私は、私自身のために、この二度目の人生を極上に仕立て上げる!

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    「はぁ……」 私はため息をついた。 天井のしみを、もう何百回数えただろう。 白い天井に走る、雨漏りのあとのような薄茶色のしみ。三つ、いや四つ。数えるたびに増えていくような気さえする。かつての私なら、こんな安アパートの天井を見上げて死ぬ日が来るなんて、想像すらしなかった。 白峰結月(しらみねゆずき)。白峰ホールディングスの一人娘として生まれ、何不自由なく育った。海外の大学で経営学を修め、二十代の半ばで財閥の中核事業を任され——そして三十を過ぎた今、私は、すべてを失った。 医者は、過労と慢性的な栄養失調が重なったのだと、淡々と告げた。笑ってしまう。財閥令嬢として生まれた女が、その日の食

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